元航空自衛隊のセールスライター 河野です。
今日は毎日続けているからこそ
感じる継続に必要な
「動機づけ」
についてお伝えします。
僕は毎日おふろ掃除をしています。
今日もすでに洗っています。
この家に引っ越してきて
少ししてからなので、
約8年間ほぼ毎日
おふろ掃除を続けています。
ただたまに、
外出して家にいない時や
体調がもの凄く悪い時は
していません。
しかし、
それ以外の時はほぼ毎日
おふろ掃除をしています。
ちなみに
僕がおふろ掃除を始めた理由は
こうです。
おふろ掃除は浴槽に
多少かがんでしないと
いけないので、
腰に負担がかかります。
でも、それが毎日続くと
母の腰に悪いなので、
代わりに僕がおふろ掃除を
するようになりました。
まあもう一つ別の理由も
ありますが、
それは後で書きます。
ちなみに余談ですが、
おふろ掃除は家事だと
思っていたのですが、
ある時ドラマの「逃げ恥」で
ガッキーがお父さんに
「お父さんお風呂掃除は家事じゃないよ!」
と言っているのを見て、
結構ショックを受けました(笑)
話を元に戻します。
おふろ掃除は時間にして
2分もあれば終わるのですが、
それでも毎日続けていると
たまにもの凄く嫌になる時が
あります。
時間にしてたった2分で
それほど大変でないことなのにです。
もちろん事前準備として、
先にお湯を抜いておくとかは
細かいことはありますが、
大したことではありません。
ちなみに僕のおふろ掃除の
流れはこうです。
まずお風呂洗い用の靴を履いて、
ふたを除けて、
軽く浴槽についている毛などを
シャワーで流してから、
洗剤をかけてスポンジでこすって
シャワーで流す。
たったこれだけです。
なので、
普段行っている作業や仕事に
比べればかなり楽です。
でもこんなにつらく感じるん
でしょうか?
僕が考えた仮説はこうです。
おふろ掃除が辛い理由は
毎日続ける必然性がないのに
続けているからです。
例えば、
歯磨きや食事、朝の洗顔などは
毎日しないとどこかに支障が出ます。
なので、
普通なら毎日しようと思います。
苦痛から逃れるためにも。
なので、もし
歯は磨かないと虫歯になりますし、
ご飯は食べないとお腹が減ります。
朝の洗顔は人によるかと思いますが、
僕は苦痛を感じます。
一方で「おふろ掃除」です。
おふろ掃除をしなくても
特に不便があったり、お腹が減ったり
苦痛を感じたりしません。
そのために行動する必然性が
ないのです。
なので、毎日続けるのに
苦痛を感じるのだと思います。
そういう意味では
ブログやメルマガも一歩間違えれば
近いものになると思います。
しかし、
僕はこのブログの場合はなぜか
やらないといけない感があるのと
多少は仕事と関連しているので
続けていても、
必要以上の苦痛を感じることは
ありません。
正確に言うならば
苦痛では無くなってきました。
しかしながら、
「おふろ掃除」
です。
おふろ掃除はブログと比べても
はるかに長い期間続けていますが
全然楽になりません。
なぜでしょうか?
それはおふろ掃除をする
「強い動機がない」
からです。
もしそれなりの動機があれば、
毎日洗っている内に
自分なりに目的など考えて
楽しむようになると
思います。
なので、
強い動機があれば
きっとおふろ掃除も
ここまで苦にはならないと
思います。
さて、ここから我々が学べること
ですが、
「何かを継続するにそれなりの動機が必要」
ということです。
もし強い動機があれば、
物事を継続する際に
行動しやすいですし、
さほど苦痛を感じることが
なくなります。
なので、
何かを継続して行いたいのであれば
先に明確な動機づけを行ってください。
もし無ければ、
僕のおふろ掃除のように
苦痛を感じて
苦しんでしまいますので
気をつけてください!
本日はここまで。
追伸
ちなみに、
おふろ掃除をするように
なったもう一つの理由は、
ある時地域の行事を手伝ってから
帰ってきた時に
父におふろを洗ったかどうか
聞いたら、
「そんなもん見たらわかるやろ!」
と言われて、文句言ったら
「そんなん言うなら、お前がこれからふろ掃除全部仕切れ!」
と言われたことです。
それ以来ずっとおふろ掃除を
続けています。
こうして書いて分かりましたが、
僕が今も強い動機づけ無しに
おふろ掃除を続けている理由は、
「怒り」
と
「負けるわけにはいかないという意地」
です。
ちなみに、この意地は
今もなんの意地かは分かりませんが、
おふろ掃除の役には
かなり役立っています(笑)